99.表情と台詞が不一致
100.満面の笑み
566.招かれざる客



「…っていう出会いでよ。ホントーに強烈な初対面だったよなぁあ」

 少々物騒な仕事の打ち合わせを終え自宅へと戻ったディセットは、目の前でくつろいでいる予定外の存在に舌打ちして、ジロリと睨み上げた。
 『予定外の存在』とはもちろん、現在進行形で居間に座っているラスティコである。
 当然のような顔でついて戻りちゃっかり上がりこんだラスティコは、用件は終わったとばかりの冷たい視線にもどこ吹く風であった。

「強烈にしたのはお前自身だ。
 それより、勝手に上がりこんでのんびり茶を飲むな。とっとと帰れ」
「この茶ぁ美味いぜー。レディーレだっけっか、イイ嫁さんになるんじゃねぇの?」
帰れ
 ますます眉を吊り上げるディセットを無視するように、いかつい顔にニカッと笑みを浮かべたラスティコは、視線の先に少女の笑顔を見出し、内心安堵のため息を漏らしていた。

「まあ、ありがとう。
 無礼千万な方かと思ったけど、そうでもないのかしら。ふふ」

 数刻前、『禁句』を耳にした時の怒りはどこへやら、春の暖かな日差しを思わせるレディーレの穏やかな微笑みは、兄のそっけない ―― を通り越して敵意すら感じさせるほどの ―― 態度を補って余りあるかのようであった。
 が、それも先ほどの色々を目撃しなければ、の話である。
 敵とみなした相手を、微笑みながらフライパンで張り倒すくらいのことはしてのけそうなあたり、ラスティコは似通った色彩と顔立ち以上に、二人の血のつながりをひしひしと感じていた。
 そんなラスティコの内心を知ってか知らずか、兄の渋面に気付いているやらいないやら、
「お茶のおかわりはいかが?」
 と、レディーレはポットを片手ににこやかに微笑んでいる。

「んじゃ、遠慮なく」
「遠慮しろ」
「いいのよ、ラットさん。兄様がお茶を淹れてるんじゃないだから」
「ラ…ラットぉ??? いや、俺ぁラスティ…」
「なぁに?ラットさん」
「……いやラットでいい、ラットで。あ、三杯目はもういいぜ、水腹になっちまうからなあ」
 ははははは、とこの男にしては弱めの笑い声に、ディセットはチラと視線を向けたが、あえて無言である。
「そう? まだ残ってるんだけど…兄様、飲む?」
「……いつも通り、カップに適当に注いでおけばいいだろう」
 相手が妹だからか、それともレディーレだからなのか、ディセットもラスティコに対するのとは勢いが違う。
 カップの中身 ―― ポットの中でかなり冷めた香茶を飲み干したディセットは、案外静かにカップを置き、諦めたようにサイドテーブルの本を手に取った。
「兄様。まがりなりにもお客様がいらっしゃるのに、そんな言い方ないと思うの」
「ここにいるのは、客じゃないからな」
「おいおい、つーーめてぇなぁ。しっかし、こんっなに大人しいディスは初めて見るぜ」

 珍獣を見るように自分を眺めるゴツい男に、ディセットは本の表紙をめくりながらニッコリと冷ややかに微笑みかける。

「…また命がけの逃走劇をしたいようだなぁ?」
「レディーレ。なんとかしてくれよ、この凶暴な兄貴!
 大体、あんな冗談にあんなに目の色変えて、本気で殺そうとするかあ?」

 うげぇと呻いて直訴したラスティコに、
「そうかしら?」
 呟いて可愛らしく小首を傾げたレディーレは、愛らしい唇からとんでもない言葉を次々と放った。

「私が兄様でも、同じようにしたと思うけど…でも、警告するだなんて兄様らしくないような気もするのだけど。
 それに、兄様がそういうことを言う人の息の根を止めなかったなんて…あら、なんて意外。うかつなと言った方が…ねぇ兄様」

 最後にニッコリと微笑み付きとなれば、これには発言者も該当者も揃って脱力の上、
「「あ、そ……」」
 という言葉しか出なかったのも止むを得まい。
 冬の月を思わせる兄に対して、春の陽だまりを連想させる微笑みの妹。
 本当に兄妹かと疑いたくもなるが、それも黙っていればこそであった。
 兄の苛烈さと妹の直截的な辛らつさ。
 この二人を同時に敵に回した人間は、一体どんな末路をたどるのか…。

「そういや、春ってのはよ…雪崩やら雪解けの鉄砲水やら、付き物だよなぁあ」
「何のお話?」
「いんや、なーんでも」
「そう?」

 チラと視線を投げられたのに気付いたラスティコと、視線に気付いたとわかっているディセットは、再び揃ってだんまりを決め込み…それは実に賢明な選択であった。


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