「すずきのおかーさん、まほーがつかえるってホントなのか?」
幼稚園からの帰り道、佐藤は内緒話をするように同じマンションの友人にこそこそと耳打ちをする。
唐突ともいえる風変わりな質問に、鈴木はひとつ瞬いた。
「どうしてだ?」
「だって、まふみにーちゃんがいってたもん」
「……そうか、あにきが」
自らの身内が暴露したという事実を聞き、鈴木少年は五歳という年齢にそぐわないアンニュイな風情漂うため息をついた。
その後、おもむろに頷いて佐藤の質問に応える。
「ほんとうだ」
「えーーーっ!! すごいなーー」
佐藤は、懸命に声を殺しつつも興奮したようにはしゃぐ。
その友人に、鈴木はしーっと指を口に当てた。
「でも、ないしょだといっていたから、ないしょにしてくれ」
「すごいのにどうして?! みんなすごいっていうよ、きっと」
「かあさんは、『まじょっこははいぎょうして、しゅふになったから、もうまほうはつかわない』んだっていってた。
たぶん、しゅふのプライドなんだとおもう」
「…ふらいど、って、とりのからあげとか?」
聴きなれない言葉に、佐藤少年はきょとんとして首を傾げた。
五歳という年齢からすれば、普通の反応である。プライドという単語を受け売りではなく、漠然とながら認識の上で口にする鈴木の方が珍しいといえるだろう。
「からあげじゃなくて、プライド。
えーーーと……ほこり、とかっていうらしい」
「ごみなの?!」
「ちがう。
…………」
さすがの鈴木少年も、自分でも漠然とした理解の単語を解説するのは難しいらしい。
しかも、相手は同い年の友人である。
相手の理解力に応じた説明となるとなおさら難しい様子で、少しの間眉をひそめて考え込んでいた。
が、やがて。
「えーと。さとうはまえに、かけっこでズルしたっていわれて、おこってただろ」
「だっておれ、ズルしてなかったんだよ!」
「うん、しってる。
だから、それといっしょなのかもしれない。
まほうって、ちょっとズルだから」
淡々とした響きに、数日前の出来事を思い出して口を尖らせていた少年は、落ち着いたように瞬いて立ち止まった。
「……そうなのかなぁ…」
「うん」
「そっか…じゃあ、おれもだまってる。ないしょだな」
「そう、ないしょにな」
子供たちは、二人きりの公園で、厳粛な誓いのように声を潜めてコクリと頷きあった ――。
−・−・−・−・−・−・−・−・−
「…っていうの思い出したんだけど、麻奈さん本当に昔魔法が使えたの?」
時は流れて、16歳、高校一年生にまで成長した佐藤は、当の本人に長年の疑問をぶつけてみた。
固唾を呑んで返答を待つ佐藤を振り返り、麻奈夫人は息子に良く似た仕草で瞬き ―― あっさりと頷いた。
「ええ、そうよ。
今でも変わりないけど?」
「……へーーーーーっ」
「でも、そんなに大したことじゃないでしょう?
この街には、私程度の使い手はたくさんいるわよ」
「…そう、かもしれねぇけど…」
普通と言えないだろう、しかし厳然たる事実を突きつけられ、佐藤は短く呻く。
「えーと、じゃあ、どうして魔法使わなくなったんだ?
主婦のプライド?」
重ねての問いに、鈴木の偉大な母は実に面白そうな顔をして微笑んだ。
「それもあるけれど、魔女っ子という年齢ではなくなってしまったから」
「……へ?」
「魔女っ子と呼ばれるには、やはり未婚でないとね。
そうね…ずっと自粛していたけれど、今なら『奥様は魔女』で通るかしら。
……あら素敵ね」
自問自答で考え込み、佐藤からすれば予想外の結論を導き出すと、そこでその話題は終わりとばかりにまた本来の家事に精を出す麻奈夫人。
「……素敵、って。おい、お前も何か言えよ」
頭を押さえた佐藤は、隣で一緒に聞いていた彼女の息子に視線を向けた。
「おふくろ」
「何?」
「ブランクがある分大変だろうが、息子は母親を応援しているからな」
「あら、嬉しいことを言うじゃない。
今日の晩御飯は期待していなさいね」
「それはすごい」
「……何かが違うだろ」
佐藤の眼前で、微笑と共に夕食の予告を告げる母親とそれにあっさり頷く息子の姿。
鈴木母子に、一般という単語は微妙に当てはまらないようであった。
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