1.登場が派手すぎます
  2.やり直せ
 29.世界にたったひとつだけ
161.敵前逃亡



 学園祭の出し物が「白雪姫」に決まって後、異常とも思えるほどの早さでシナリオが上がってきたのは、悪夢のような配役決定から3日後のことだった。
 家の事情で早退した小林を除くメインキャストと、舞台、大道具小道具、衣装など各係の責任者他数名が出席しての打ち合わせで、各自に配られた冊子を眺め、佐藤は軽く首を傾げる。

「…仕上がるの、早くねぇか?」
「えーーーだって元々の白雪姫っていう話があるしさーー。なにより皆キャラがしっかりしてるからあっという間だったよーーーー、あはははははは」

 どうやら、山本がベースの脚本を書いたらしい。
 嫌な予感を覚えつつも佐藤はシナリオを手に取り、脚本担当の発言に顔をしかめた。

「そのキャラってのはなんだよ」
「例えば鈴木クンとかさーーー」
「もういい、言うな」
「俺はキャラか」
「うん、やっぱり鈴木クンって独特だよねー」
「味があるとはよく言われるな」
「……」

 その程度で終わるレベルなものか、と思いつつ、職員室に呼ばれた高橋女史が戻ってくるまでの時間を利用して、佐藤はシナリオを下読みしておこうと冊子をめくっていく。
 自分の名前が太字で掲載されている配役一覧を、さりげなく読み飛ばして、佐藤は本文から目を通し始めた。
 山本が手がけたというだけあって、のっけのナレーションから察するに、自由度とテンションの高いシナリオになっている様子だった。
 この面子なら仕方ないかと、諦めにも似た心境でページをめくって、
「……」
 佐藤の動きが止まった。
「あれーー?佐藤クンどしたの?」
「………」
 山本の問いかけに答えず、佐藤は更にページをめくる。
 再び動きの止まった佐藤の手元を覗き込み、鈴木が回答箇所と思しきくだりを淡々と読み上げた。

「…『継母登場。
 ピンスポ、ドライアイス。
 悪役らしいSC [効果音] とBGM (白雪姫時同様、オケ版をPCで作成) を用いること』…。
 随分と派手だな」
「だって主役だしさー」
「ということは、白雪姫も同じか?」
「うんそうだよー。あっわかった、佐藤君ってば白雪姫が継母と同じ扱いってのが不満なんでしょー!!
 しょーがないなぁもー、白雪姫登場の時はもっと派手にしてあげるからさー」
「違う、派手すぎだ!
 書き直せ、今すぐやり直せ
「えぇーーーーーーーーーーっ!」

 山本のブーイングにも、佐藤は頑として折れなかった。
「えーー、じゃねぇ。
 このままシナリオ通してみろ。本番では、白雪姫が敵前逃亡のうえ自害っていう結末を用意してやるからな」
「佐藤、目が本気だな」
「目だけじゃねぇぞ、やると言ったらやる」
「……もーー、わかったってばさー。
 書き直せばいいんだよねー?
 …地味になっちゃうよなぁー」

 不満げな山本に、味方の顔をしてひとつ頷いて見せたのは鈴木であった。
「大丈夫だ、山本。
 俺がメインで噛む以上、現場で必ず何かが起きる」
「あ、そっかそーだよねーー!」
「……鈴木、不吉な予言してんじゃねぇ。
 山本もそんなにウキウキと喜ぶな」
 ぐったりと疲れた面持ちの佐藤に、鈴木はいつものように重々しく否定の言葉を口にする。
「佐藤違うぞ」
「何がだ」
「予言ではなく、確率の高い予測だ」
「……白雪姫の劇なんだぞ?」
「うむ、世界にたったひとつだけの白雪姫にしてみせる」

 いつになくやる気で決意を固める鈴木の姿に、
「……一体どんな劇になるって言うんだ…」
 佐藤は、お先真っ暗の顔で机に突っ伏したのであった。


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